
こんにちは。パン職人であり、ライターの中村ことはです。
パンには、焼きたての香りだけではなく、土地の記憶や季節の気配、人の手しごとが静かに宿っています。
そして、そんな背景を知るだけで同じパンでも味わい方がふっと変わる。
パン好きなら、一度は感じたことがあるかもしれません。
そんな“パンの奥行き”を、浜松在住のパン職人×ライターの私が、毎月そっとお届けする連載コラム。
読み終わったら思わずパン屋さんへ寄り道したくなる──そんな世界へご案内します。
3月になるとパン屋の棚に並ぶ「春」

2月から3月に変わると、不思議なことにふとした瞬間「春」を感じることが増えてきますね。
あなたならどんなとき「春」を感じますか?
外に出たときの日差しの明るさ?
ひっそりと咲いている道端の花の存在?
道行く人の軽やかな服装もあるかもしれません。
私にとっての春は、いつも「色」から始まります。
葉が落ちた木々に少しずつ芽が出てきて、茶色かった風景が日に日に緑に染まっていく。
手に取る服も、気づけば軽やかなパステルカラーばかり。
だからでしょうか、パン屋さんでもついつい色に目がいってしまうんです。
どうしても茶色が多くなってしまうパンの棚に、春先になると並び始める柔らかな淡い桜色。
そう、桜あんぱんです。
パン屋の棚にひと足早く春を連れてきてくれます。
桜あんぱんで春を先取りする

私が働くお店でも、3月1日から桜あんぱんの販売が始まります。
白く焼き上げた生地と、あんこの桜色。
そしてパンの上にちょこんと乗った「桜の塩漬け」。
花の形なっているものも多く、その姿を見るだけで「花が咲く季節だ」と心がそっとほどける気がします。
そして何より、口に含んだ瞬間にふわっと広がる桜の香り。
パンを持つ手がかじかんでいても、
まだコートやマフラーが手放せなくても、
桜あんぱんを頬張っているそのときだけは、春の気配に包まれます。
パンの中で最も季節を感じる「あんぱん」

桜あんぱんを作り始めると、私はいつも思うことがあるんです。
「あんぱんほど、季節を映すパンはないなぁ」と。
春に桜色に染まったあとは、初夏に新緑を思わせるような抹茶が、そして、少し涼しくなってきたころには栗が並びます。最近はサイダーやマンゴーなど、思いがけない顔も見られるようになりました。
中でも、春のあんぱんは特別です。
冬の寒さで縮こまった心と体は、春を今か今かと待ち望んでいたのでしょう。桜の蕾が膨らんでいるのを見つけるように、少しでも早く春の気配を感じたくて、桜あんぱんを見るとついつい手に取ってしまいます。
ひとつ年を重ねた自分と、変わらず店頭に並ぶ桜あんぱん。
毎年同じ姿を見つけては、どこかほっとしている自分がいます。
桜あんぱんは、私に“時間の流れ”や"季節の移ろい”をそっと教えてくれるパンなんです。
定番の粒あんぱんやこしあんぱんも、もちろんいいけれど、今年の春は桜あんぱんにもぜひ目を留めてみてください。きっと近所のパン屋さんの棚にも、そっと春が並び始めているはずです。
中村ことは(パン職人/ライター)

2008年、東海調理製菓専門学校を卒業後、大手ベーカリーに入社。関東の個人店へ転職し責任者を務めるも「パンが主食の国で生活したい」という夢を追い、2019年フランスへ。留学中にコロナ禍となり帰国。再び関東のベーカリーへ就職するが、仕事中のぎっくり腰をきっかけにライター業をスタート。2022年浜松へUターンし、現在は市内のパン屋さんで働きながらフリーライターとしても活動している。“2足のわらじ”で、自分にとってのワクワクする働き方を模索中。
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