
こんにちは。パン職人であり、ライターの中村ことはです。
パンには、焼きたての香りだけではなく、土地の記憶や季節の気配、人の手しごとが静かに宿っています。
そして、そんな背景を知るだけで同じパンでも味わい方がふっと変わる。
パン好きなら、一度は感じたことがあるかもしれません。
そんな“パンの奥行き”を、浜松在住のパン職人×ライターの私が、毎月そっとお届けする連載コラムです。
読み終わったら思わずパン屋さんへ寄り道したくなる──そんな世界へご案内します。
レシピ通りなのにうまくいかない?

8月は、「いつも通り」を届けるために、毎日変えていることについてのお話です。
「昨日と同じように作ったのに、今日はうまくいかなかった」
夏になると、いつも以上にそんな日が増えていきます。
パンは気温の影響を受ける食べもの。
暑い日は発酵がぐんぐん進み、思っているよりも早く次の工程へと進んでしまうんです。
いつもと同じように捏ねたのに、生地の温度が上がりすぎてしまったり。
昨日はちょうどよかった発酵が、今日はもう手遅れになってしまったり。
ちょっと生地の確認を怠ると「あ、発酵しすぎた…!」となることもしばしば。
夏はいつも以上に「昨日と同じ」が通用しません。
でも、お店にはいつもと同じようにパンを並べたい。
では、どうするか。
私たちは毎日、パンの様子に合わせて仕事を変えているんです。
パンは変えられない。だから私たちが合わせる
いい意味で毎日真っ直ぐに成長してくれるパン。
次が詰まっているときは、正直「もう少しゆっくり発酵してくれない?」と頼みたいところですが、残念ながら聞き入れてはくれません。
なので、必然的に変わるのは私のほう。
パン職人になったとき、先輩からありとあらゆる工夫・手段、ときには内緒の裏技(!)まで教わりました。
パンを捏ねる水に氷を入れたり、
配合を少し変えたり、
生地の様子をいつも以上によく見たり。
お客として見ていた頃、毎日同じようにパンが並ぶのが当たり前でした。
ですが、実際にはその日のパンに合わせて、毎日仕事の段取りや作り方を少しずつ変えています。
「いつもと同じ」を届けるために、「いつもと同じ」を手放す。
夏のパン作りは、そんな毎日の繰り返しなんです。
こうした工夫を毎年繰り返しているうちに、自分自身の考え方も少しずつ変わっていったように思います。
暑い日のパンが教えてくれたこと

早朝、オーブンの前に立つと、温度計を見る前に体が「今日は暑いぞ」と教えてくれる日があります。
そんな日は、不思議とパンの発酵も早い。
それでも、パンに対して「なんでこの時間に発酵してくれないの!」と思ったことはありません。
「今日はそういう日か」と、受け止めているように思います。
代わりに考えるのは「じゃあ、どうすればおいしいパンを焼けるだろう?」ということ。
パンは、その日の気温や湿度に逆らうことはできません。
だから私は、その日のパンに合わせて仕事を組み立てます。
気づけば「変えよう」とするのではなく、「どう合わせよう?」と考えるようになっていました。
自分にも「今日はそういう日」を

パンを見ていると、ときどき「パンも人も、似ているところがあるなぁ」と感じます。
人間だって暑い日は体が重く感じること、ありませんか?
昨日ならできたことが、今日はなぜか進まない。
そんな日は、人もその日に合わせながら過ごしていいのかもしれない。
パンと向き合ううちに、そう思うようになりました。
でも、パンには思えるのに、自分自身に対してはまだまだできていません。
なんなら、自分を責めてしまうことさえある。
そんな日は「もっと頑張らなくちゃ」ではなく、
「今日はそういう日」と自分にも言ってあげたい。
立秋を迎えたとはいえ、外へ出ただけで汗の吹き出すような日が、これからもまだまだ続くはずです。
暑さでげっそりしてしまったときは、パンにしているように、自分にもそう言えたらいいなと思っています。
中村ことは(パン職人/ライター)
大手や仏留学を経て、現在は浜松でパン職人とライターを兼ねるパラレルワーカーとして活動中。コロナ禍や怪我を転機に、パンへの情熱と言葉を編むスキルを掛け合わせ、自分らしいワクワクする働き方を模索中。
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